表銀座2分の1

今回は、今をさかのぼること半月前のシルバーウィークのちょっと前のことです。新型コロナ禍で登山をしていなかったのですが、Go Toも始まり、朝日新聞も登山を推奨されたということで、一回だけ小屋泊りで行ってみようと思い立ちました。

そこでどうせなら、百名山の「槍ヶ岳」をと思い、それも一番の人気コース「表銀座」でということでプランニングです。槍ヶ岳に登るには、上高地から槍沢ルート、新穂高温泉ルート、距離の長い裏銀座ルート、人気の表銀座ルートなどがあります。

今回の表銀座登山口は長野県安曇野市の中房温泉にあり、「二百名山」「新日本百名山」の燕岳、「二百名山」の大天井岳を経て槍ヶ岳というコースです。決心したのが遅かったため、早朝に中房温泉登山口に到着する深夜バスはもう満席でしたので、登山口にある有明荘に前泊して大天井岳の大天荘に宿泊、翌日に槍ヶ岳山荘に泊まって上高地に下るという計画となりました。

10時発の特急あずさに乗って松本で乗り換え、穂高駅から中房温泉行きのバスに乗って有明荘まで行きます。有明荘は安曇野市の国民宿舎ですが、運営は燕山荘グループが行っていて、リーズナブルな料金で温泉露天風呂も味わえる宿です。

有明荘を翌朝5時15分に出発

新型コロナの影響で宿泊客もまばらな有明荘では温泉露天風呂を満喫し、朝食を弁当にしてもらい、4時に起きて部屋で弁当を食べたあと有明荘を5時15分に出発、5時24分に登山口に到着です。そこから第二ベンチまで1時間、弱い雨が降り出してきて登山道にはだれもいない状況でした。

スイカで有名な合戦小屋には8時に到着、残りわずかとなっていたスイカを食べて燕岳に向かいます。少し紅葉が始まっていて、心をなごませてもらいました。

しかしながら低気圧が近づいていたため、雨は降ったりやんだり、雲が広がって遠くの視界はまったくと言っていいほどなく、ひたすら登り続けるしかないといった状態です。

そんなこんなで9時20分に燕山荘に到着。雨はやんでいたので荷物をデポして燕岳往復に向かいました。視界はこんな感じですので、燕岳がどんな形をしているのかわかりませんでした(笑)

ただ、有名なイルカ岩は白バックでくっきり見えました。

山頂から燕山荘に戻りましたが、まだ食堂が開いていなかったので、カロリーメイトを二袋食べてから大天荘に向かいます。晴れていれば稜線の先に槍ヶ岳の穂先が見えるはずでしたが、白一色の景色。天気の回復を期待して歩き続けます。ときには稜線が見えたりしたのですが、これは後ろ向きに撮ったもので、進行方向はまったく開けていません。

これはたまーに開けた視界から大天井岳が見えたときに撮ったもので、稜線のところに大天荘が見えます。

久しぶりの登山でしたので、バテバテになりながら13時39分に大天荘に到着。受付の方に明日の天気を聞くと「強い低気圧が通過するので、暴風雨の見込みである」とのお言葉。ガックリしながら、とりあえず大天荘から10分ほどの「大天井岳」に登りました。

それからはだんだんと風雨が強くなってきて、夕方の「山の天気予報」でも予報が悪化しこそすれ、好転の気配はまったくありません。寝るころには台風のような暴風雨となって、山小屋がユラユラと揺れています。

あまりの暴風雨に引き返すことに

翌朝、目が覚めても暴風雨は変わっていません。小屋の人からは「槍ヶ岳方面は無理なので、延泊するか燕岳方面に引き返すしかない」と言われましたが、翌日に風がやむ保証はなく、翌々日も微妙ということでしたので、燕岳方面に引き返すことにしました。朝、槍ヶ岳山荘にキャンセルの電話を入れ、暴風雨の中、朝6時に出発しました。

とにかくすごい風と雨でしたが、小屋の人が言っていたように、燕岳方面に向かう道は風の反対側にある道が比較的多く、そこを歩いているときは普通の雨の感じでしたね。

それでも休むと体が冷えてしまうのでひたすら歩き、合戦小屋で温かいコーヒーを頼み、またまたカロリーメイトを食べてひたすら歩いて、11時18分に中房温泉登山口に到着しました。ちなみに合戦小屋では、スイカは終了していました。それを食べられただけでもよしとしないといけませんね。

ただただ疲労困憊になりながらも、風呂に入ろうと再び有明荘に向かいました。宿泊者は日帰り入浴無料ということで、ありがたく頂戴し、昼ごはんを食べて定期バスでJR穂高駅に向かい、特急あずさで帰宅の途につきました。

「酷い目に遭った、もう時期的に来年がいいかも」と思いましたが、中途半端な山行となり、日々リベンジの想いが強くなっていきました(つづく)

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